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6.おわりに 〜エンタープライズの「2.0」化は不可逆的に進行

  2006年度の部会活動は実に目まぐるしく、忙しいものであった。最初、Ajaxのライブラリ一覧や比較表をまとめようとしても毎月新しいものが出現し、その日本語解説頁なども次々と現れる。マッシュアップの動向もめまぐるしく進展し、業務アプリのSaaSが急速に台頭し、ERPベンダーの追撃が本格化する。さらに、いわゆるオフィス・アプリケーション(英語ではProductivity Suiteと呼ばれる)がグループウェアと融合しつつ、あのGoogle社から、SaaSの形態で、Microsoft Officeのバージョンアップのタイミングを狙いすましたかのように有料版で出現。並行して、エンタープライズ・ポータルが脚光を浴び、ギャジェット、ウィジェットの類が当たり前に使われるようになり、IBMのWebsphere上の利用環境と融合する。

上の後半部分は2007年に入ってからの出来事である。こうして振り返ってみるだけで、エンタープライズの「2.0」化が猛スピードで展開しようとしていることを改めて実感する。既存の業務システム、個人端末環境はどのように変わっていくのであろうか。本節では、まとめの意味で、過去1年間、"Web 2.0 for Enterprise" を追ってきた我々の視点で、IT利用のサービス化の流れを、捉え直してみたい。そして、エンタープライズの「2.0」化が、(IT的に『ネットで使える常駐プログラム』の意味ではなく) ビジネス、商品としてのサービス化を加速するものであるという点を確認して、今後の動向を読者各位とともに予測していきたい。

SaaSはWeb 2.0である

  最近リリースされるWeb上のSaaSサービスの多くは、Ajaxを駆使したリッチなユーザインタフェースのおかげもあり、Web 2.0的なアプリケーション、サービスに見える。Google ApplicationsSalesforce.comZimbra (日本の業務体系向けにカスタマイズされたfeedpath Zebra )など、画面例を見るだけでも了解できる。主要部は既存のERPをラッピングしたものと思われるネットスイート (OracleのSaaS担当子会社による)や、SAP CRM On-Demand  についても、かつての単機能アプリのASP化したものとは、機能数などの規模的にも、連携の仕組み、そして、UI的にも一線を画すものであろうと推察される。

本年以降は個別の業界や業務ごとに特化したサービスに対応するなど、今後も多数現れると予想されるSaaSの1つ1つを俎上にあげるわけにもいかない。そこで、「オライリーの7原則」に照らして、SaaSこそ、企業がスムーズにWeb 2.0を導入、活用する1形態であり、文字通りIT利用のサービス化の推進力となることを確認してみる。  

1.プラットフォームとしてのWeb
2.集合知の利用
3.いつでもどこでもデータは極めて重要
4.ソフトウエア・リリースサイクルの終焉
5.軽量なプログラミングモデル
6.単一デバイスの枠を超えたソフトウエア
7.リッチなユーザー経験

1.のプラットフォームの意味であるが、その上からアプリケーションを打ち上げ(launch)ことができ、UI、サービス管理、データの管理まで、かつてはOSやLANが主に担っていた役割をWebが担えるようになったことを指している。かつてのASPのように、元々はDOS, Windows, 汎用機(COBOL)など別のプラットフォーム上で動くアプリをラッピングしたサービスの場合、画面上の構成部品間の自在なデータ連係(の変更)など、Webのプラットフォームとしての特長をフルに享受することは難しい。しかし、元からWebアプリケーションとして作られているSaaSの場合は、プラットフォームとしてのWebの長所をそのまま引き継いでいる。実際、内部的に、WebAPIを呼び出して連携するモジュール構成になっていたり、外部サービスとのマッシュアップが容易に実現できる(例:Salesforce.comとGoogle Maps) ということで、Web2.0のサービスに相応しい内容であることが確認できる。

 2.の集合知の利用であるが、旧来のエンタープライズシステムと違って、SaaSの場合、利用者が1社内の特定のグループではなく、複数社の、互いに独立に評価し、意見をもち、少しずつ異なる業務上の要求をもつ不特定多数に利用される。これらは、集合知が有効に作用する必要条件となっており、要求開発を中心に、サービスが恒常的に改善されるのに集合知を活かしやすい仕組みをSaaSのビジネスモデルは備えている、といえる。集合知が有効に機能するための最後のポイントは、集約性、即ち、ユーザの意見を集約して、その要求機能を実現するか等、全体の意思決定につなげる支援機能、メカニズムが存在することである。Salesforce.comのIdea Exchange という場や、SNSながらMixiの機能要望の頁 では、数百、数千の投票結果がリアルタイムに自動更新されるなど、この集約性の要件を満たしている、といえる。

   3.のデータの重要性については、情報共有、ナレッジマネジメントが叫ばれてきたエンタープライズシステム分野では改めて強調するまでもないだろう。REST型APIなど、極めてシンプル、容易につながるWeb 2.0的な仕組みの上に、メタデータで実質的な連携を果たす。地図アプリの場合の緯度・経度に代表されるように、マッシュアップの要はメタデータである。もっと内容に踏み込んだ連携も、microformatsだろうがSemanticWebの規格だろうが独自の言語だろうが、XMLでやりとりされるメタデータを読み取って、オープンに、スケーラブルに行う。このWeb 2.0的な柔軟で拡張性の高い設計思想が、従来エンタープライズ内で死蔵されていたデータを活かすのに大いに貢献するのではないだろうか。伝統的なERPや、 業務パッケージ間をつなぐEAI が専用の高価な「アダプタ」で接続性を確保したのに対して、SaaSの開発環境、カスタマイズ環境は、はるかに低コストで、アジャイルに接続、拡張を許すようである。

4. ソフトウェア・リリースサイクルであるが、BtoCの無料サービスと違って、エンタープライズ向けにSLA (Service Level Agreement) の下で保守・運用される業務用SaaSでは、予告無く大きな改訂を行うことはない。要求を受付け、優先順位付けをし、アジャイルながらある程度まとまったリリース計画にのっとって、数ヶ月程度のサイクルでリリースが行われることが多いようである。リリースサイクルが終焉したわけではないが、間隔が短くなり、なによりユーザ側の煩雑な手間(OSやミドルウェア、共存アプリとの互換性等のチェック)をかけてバージョン・アップすることが無くなることには変わりない。この点で、SaaSはやはり、ユーザの利便性、ストレスの軽減を追求したWeb 2.0の延長線上にあるといえる。

 5. 軽量なプログラミングモデルについては、REST型APIによるマッシュアップの仕組みが柔軟さをもたらすことに加え、軽量言語が複雑で高度なビジネスロジックの実装を容易にすることを本文中でみてきた。

 6. 非PCでのWeb活用と相性の良いSaaSは、PDAやケータイを低コストで業務専用端末化するのに貢献。この結果、デスクワークでPCを使っているわけにはいかない社員も、高度な業務アプリケーションの恩恵にあずかりやすくなったといえる。

 7. リッチなユーザ経験の要不要を問われたら、やはり必要、と答えるべきであろう。毎日長時間業務で使うアプリケーションの画面、操作性が貧弱では、ユーザーのモチベーション、業務効率が下がってしまうからだ。楽しいくらい軽快でな操作性は、間違うことなく操作できる、安心、確実なUIにつながる。Ajaxによって進化が加速したWebのUI開発環境は、これらの問題を解決しやすくしてくれた。フィード技術で、様々なリマインダを実装すれば、複雑な業務の中で、個々の局面では各々の作業に集中できる。これらのWeb2.0の要素技術はリッチなユーザ経験を通して、従来考えられなかった水準の業務効率や創造性の達成に貢献する、といって良いだろう。

SaaSをやるだけでWeb 2.0的な企業に近づく (Tim O'Reilly)

 Tim O'Reillyは、7原則の後にまとめとして、「Web 2.0企業のコアコンピタンス 」を7点記述している。その最初のポイント:

・パッケージソフトウェアではなく、費用効率が高く、拡張性のあるサービスを提供する。
によれば、魅力的なSaaSのサービスを提供するだけでも、Web 2.0的な企業に近づくことになる。

アジャイルで柔軟なサービスを、顧客と対話しながら常時改善するには、確かにパッケージ・ビジネスよりも、自らサービスを開発し、運営するビジネスモデルの方が適しているのであろう。

以上、敢えてSaaSを結語にもってきたのには理由がある。Web 2.0のあらゆる側面、特性、ビジネススタイルがエンタープライズシステムと必ずしも適合するわけではないはずであるが、SaaSという形態で不可逆的に"Web 2.0 for Enterprise"が浸透してしまいそうだ、というメッセージで現況を締めくくりたかったからである。この状況は、今後の日本のITベンダーの生き残り策、ビジネス展開に重大な影響を及ぼす。SaaSで寡占が進むのか、それとも多彩な業界、業務のバリエーションごとに多様なSaaSが花開くのか予断を許さないが、座して待っていて良い段階ではないだろう。Web 2.0の本質、サービス商品の本質を踏まえて、積極果敢に、いち早く独自の新戦略を実行に移すべき時が来ているのではなかろうか。

本年後半には、"Web 2.0" という言葉はあまり使われなくなるかもしれないが、そうなるとすれば、"Web 2.0" が当たり前になったが故であろう(その昔カラー番組が当たり前になると共に新聞のTV欄から『総天然色』という表示が消えたのと同じである)。言葉が廃れても、その本質的影響は残る。本文書が、ITベンダーにとってもユーザ企業にとっても、本格的なITのサービス化時代の戦略立案に、またその実施計画の策定に、なんらかの参考となれば幸いである。


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